東京地方裁判所 平成3年(ワ)9510号 判決 1995年11月24日
原告
中島照彦
右訴訟代理人弁護士
田中清治
被告
野村證券株式会社
右代表者代表取締役
酒巻英雄
右訴訟代理人弁護士
小野道久
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金三億八六八六万一二二四円及びこれに対する平成三年七月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 二四銘柄ワラントの購入
(一)(1) 原告は、平成元年五月末ころから、被告渋谷支店との間で株式現物売買の取引を行ってきた。
原告は、株を売却した資金一〇億円をもって株式投資を行うことを考え、同年一二月六日、被告担当者と相談のうえ、東京証券取引所上場の株式一一〇銘柄から八八銘柄を選定し、一銘柄につき一万株ずつを翌日の寄付きで買い付けることを被告に委託した。この取引の被告側担当者は、被告渋谷支店の営業社員磯目毅(以下「磯目」という)であった。
(2) 磯目は、右株式の買付けを実行した場合一〇億円のうち約一億二〇〇〇万円の資金が残ることから、同日、原告に対し、ワラントの購入を勧誘したが、原告はその場でこれを断った。
しかし、磯目は翌七日にも、ゴルフ場にいる原告に電話を架け、勧誘を繰り返したため、原告は、同日、磯目に対し、平成二年三月までの約束で、手持ち資金の残金一億二〇〇〇万円でワラントを購入して運用することを委託した。
(3) 磯目は、この委託に従って、平成元年一二月七日、一億一三七八万四四〇〇円相当の別紙購入ワラント一覧表記載のワラント二四銘柄を買い付けた。
(二) 被告の原告に対する、前項のワラント取引の勧誘及びワラント買付方法は、次の理由で違法である。
(1) 適合性法則違反
大蔵省通達(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号、日本証券業協会会長宛)は、証券会社は、投資勧誘に際して投資者の意向、投資経験及び資力に最も適合した投資が行われるよう十分配慮し、不適合な証券取引を勧誘してはならない旨を定めている。
原告は、ワラント取引については知識も経験もなく、当初は取引の意思もなかったのに、磯目の甘言によって、取引に引き込まれたのであり、この磯目の行為は、右適合性法則に違反するものである。
(2) 売買一任勘定取引
証券取引法第一二七条を受けた通達「有価証券の売買一任勘定取引の自粛について」(大蔵省通達、昭和三九年二月七日蔵理第九二六号、昭和五〇年、同六三年一部改正、各財務局長宛)は、売買の別、銘柄、数量及び価格の全部又は一部の決定を一任して委託者の計算で行う売買一任勘定取引の自粛を求め、これを行う場合には、所定の書面により契約を締結することを定めている。
磯目は、この通達に違反して、所定の書面による契約を締結することなく、購入するワラントの銘柄、数量、価格を自由に決定し、原告の計算に帰せしめた。
(3) 断定的判断の提供
磯目は、証券取引法五〇条一項一号で定める断定的判断の提供禁止に違反する勧誘を行った。
磯目は、原告がワラント購入の前日(平成元年一二月六日)にワラント取引を断っているにもかかわらず、翌七日にもゴルフ場にいる原告に対して電話で、「このチャンスに儲けてもらいたい。ワラントは野村の独壇場です。絶対に責任は持ちます。」などと、ワラントの価格の上昇ないし取引の安全性について断定的な判断を示して勧誘を行った。
(4) 説明義務違反
ワラントは、商品として周知性がなく、ハイリスクな商品であるから、その取引にあたっては、被告がその概要と危険性について十分説明する義務があった。しかし、磯目は、六日には原告が関心を示さなかったため十分な説明をせず、説明書の交付や確認書の徴収も行わず、翌七日のゴルフ場への電話でのやりとりの際にも説明をしなかった。そのため、原告は、ワラントの最も重要な属性である権利行使期間の意味の説明ないしワラントは権利行使期間を過ぎれば無価値となることを知らず、ワラントの価格は変動するものの期限がくれば償還されるものと誤解していた。
2 日本石油及び三菱石油ワラントの購入
(一)(1) 原告は、磯目からの勧誘により、平成元年一二月一八日、大同特殊鋼と古河電工の株式を売却した代金で、日本石油と三菱石油のワラントの買付けを、一二月末日までに清算することを条件として委託した。
(2) 磯目は、大同特殊鋼株式、古河電工株式、日清紡転換社債、凸版印刷転換社債を売却した代金で、平成元年一二月一八日、日本石油のワラント五四五枚(金一億二五八七万三二〇〇円)を、翌一九日、三菱石油のワラント四〇〇枚(金一億二六一七万〇九二五円)をそれぞれ買い付け、不足分の九七三一万〇二九〇円は原告が現金で支払った。
(3) しかし、被告は、平成元年一二月末日までに前項のワラントの売却清算を実行しなかったことから、原告は、平成二年一月一六日には磯目に対し、同月二二日には被告渋谷支店長である柳谷孝に対し、清算を求めた。
(二) 原告に対する右取引勧誘並びにワラント買付方法は、次の理由で違法である。
(1) 前記適合性法則に違反する。
(2) 前記売買一任勘定取引禁止の規定に違反する。
(3) 「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(大蔵省通達、昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号、日本証券業協会会長宛)及び「株式店頭市場の適正な運営について」(大蔵省通達、昭和五八年一一月一日蔵証第一四〇四号日本証券業協会会長宛)が禁止している、いわゆる推奨販売(投資者に有利な商品を率先して販売するかのように装ってする勧誘)を行った。
すなわち、磯目は原告に対し、日本石油と三菱石油のワラントにつき、「本日、野村証券が市場に出しました」「一二月末までの短期勝負で売却清算します」など、暗に、短期間で利益の得られる投資者に有利な商品を率先販売するかのような言辞を用いて取引の勧誘をしたものである。
また、「本日、野村証券が市場に出しました」という言辞は、被告が市場を自由に左右できるかのような誤解を与えるものであり、不実表示でもある。
(4) 前記説明義務に違反する。
(5) 年内に高価で売り抜け得る可能性もないのに、短期処分を前提として勧誘すること自体が違法である。
(6) 原告が購入した日本石油のワラントは、欧州の市場価格に比して極端に高い売出価格になっており、相当な理由がない限り、被告が不当な利鞘をあげたことになる。投資者の無知に乗じて不当な利鞘をあげることは、取引を全体として違法にする。
(三) 被告は、日本石油及び三菱石油の各ワラントについて、平成元年一二月末日までに清算するという原被告間の約定に違反し、一二月末の取引日までに売却処分を実行しなかった。
したがって、被告は、この債務不履行によって原告の被った損害について、原告に賠償すべきである。
3 被告は、原告との間の1項及び2項記載の各ワラント取引において、原告に対し、証券取引法第一五条二項に定める目論見書の交付をしないで、有価証券を取得させたものである。
したがって、ワラント取得により原告に生じた損害は同法一六条により被告会社において賠償すべきである。
4 ワラント売却指示の不履行
(一) 原告は、平成三年五月に被告に対し、損害のこれ以上の拡大をくい止めるため、ワラントの売却について打診したところ、被告は、売却を承諾し、その手順について、原告自身による電話の場合は支店長まで、代理人による場合は書面の受入れによって売却する旨を通知した。
(二) 原告は、平成三年一二月四日、右手順に従って、代理人弁護士を通じて書面で被告に対し、一二月六日をもって未処分のワラントを全部売却することを指示したが、被告は理由なくこれを履行しなかった。
(三) 被告は、以上の事実関係の下では、原告に対し、信義則上、損害回避義務を負うものであるから、この売却不履行によって原告が被った全損害を賠償すべきである。
5 損害
原告は、被告のこれらの違法行為により、別紙ワラント評価一覧表記載のとおり、原告が現在所有するワラントの購入価格全額に相当する三億五一六九万二〇二二円の損害を被った。
さらに、原告が本件で支払わなければならない弁護士費用三五一六万九二〇二円(右損害額の一割)も原告の損害である。
6 よって、原告は被告に対し、不法行為、債務不履行及び目論見書不交付に基づく損害賠償請求として金三億八六八六万一二二四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年七月三一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1(一)(1) 請求原因1(一)(1)の事実は認める。
(2) 同1(一)(2)の事実中、磯目が平成元年一二月六日、ワラント購入を勧めたこと及び翌七日にも電話でワラント購入を勧誘したことは認め、その余は否認する。
磯目は原告に対し、以前からワラントについて説明して買付けを勧誘していたが、平成元年一二月六日、原告が株式のパック投資のため八八銘柄を選定した際、この八八銘柄の会社の中で、ワラントを発行している会社のワラントに一億円程度のパック投資をしたらどうかと勧誘した。
この時、磯目は被告転換社債部作成の資料とワラント取引説明書を原告に交付して取引例を掲げてワラント取引について説明し、これに対して原告は、検討してみると回答した。
磯目は、翌七日、相模原ゴルフクラプにいる原告に対し、電話で八八銘柄中ワラントを発行しているのが二四銘柄であることを伝え、金額を統一して一億円位で買い付けることを提案したところ、原告はこれを了承し、磯目は二四銘柄については原告の部下であり原告の株式取引の連絡担当者である富岡に報告することとし、一銘柄五〇〇万円前後でどうかと述べると、原告はそれでよいと述べてワラント二四銘柄の買付委託注文をした。
(3) 同1(一)(3)の事実は認める。
磯目は、平成元年一二月七日、富岡に八八銘柄株式及び二四銘柄ワラントを買い付けた旨を報告し、買い付けた株式とワラントをプリントして届けた。
原告は、翌八日、磯目に対し、八八銘柄の評価損益一覧表を毎日届けることと、ワラントについては状況を報告することを指示し、これに従って磯目は同月一四日から平成二年三月一六日まで毎日評価損益一覧表を作成するとともに、ワラント一覧表を週に約二回作成し、原告に届けた。
原告は、平成元年一二月一二日、被告渋谷支店に対し、ワラント取引に関する確認書及び外国証券取引口座設定約諾書に署名捺印して交付した。
(二) 同1(二)の事実のうち、原告の主張するような法令、通達の存在及び磯目が平成元年一二月七日、ゴルフ場にいた原告に対して、電話でワラント購入の勧誘をしたことは認めるが、その余は否認する。
(1) 原告の株式取引における能力と実績について
原告は、貸しビル業等を営む株式会社グランド東京の代表取締役社長であり、年間一〇〇億以上の株式取引をしており、自ら新規発行の転換社債の割当を要求するなど、証券取引の実際に精通しており、自ら、将来値上がりの見込まれるいわゆる低位株を研究してその中から銘柄を選定していわゆるパック投資をしたり、独自の相場観に基づき投資効率のよいものを選んで大量に買い付けるなど投資経験と投資知識・判断力に優れている人物である。
(2) 売買一任勘定取引・断定的判断提供の主張について
本件の二四銘柄のワラントについては、原告自らが選定した株式八八銘柄のうち、ワラントを発行しているものについて買い付けるという買付委託注文であり、買付対象ワラントは特定しているし、磯目による断定的判断の提供はあり得ない。
(3) 説明義務違反の主張について
磯目は、平成元年一二月六日に八八銘柄を選定した際、被告転換社債部作成の資料とワラント取引説明書を示し、ワラントがハイリスク、ハイリターンの商品であること及び取引の仕組を例を示して説明し、相場が上昇する場面では投資効率が良いこと、ドル建てであるので為替の影響を受けること、一定の期間が過ぎると価値がなくなること等を説明した。
2(一) 同2(一)(1)の事実中、一二月末日までに清算することを条件としたことは否認し、その余は認める。
同2(二)(2)の事実は認める。
同2(一)(3)の事実中、被告が平成元年一二月末日までに前項のワラントの売却清算を実行しなかったこと及び磯目が平成二年一月一六日に、被告渋谷支店長である柳谷孝が同月二二日に原告を訪ねたことは認め、その余は否認する。
磯目は原告から、一二月末日までに、ワラントの売却依頼を受けたことはない。むしろ、日石ワラントの値の上昇を報告し、売却するかと尋ねた磯目に対して、原告はまだまだ上がるから持っておこうと答えて売却しなかったのである。
磯目が原告を平成二年一月一六日に訪ねた際、原告から念書を作成するよう言われたが、これを断り、このことについて報告を受けた柳谷支店長が原告を訪ねて、念書を書くことはできない旨を述べたのである。
(二) 同2(二)の事実中、原告の主張するような法令、通達の存在は認めるが、その余は否認する。
3 同3の事実中、目論見書を交付していない事実は認め、主張は争う。
本件ワラント取引は、証券取引法一五条二項の「募集」又は「売出し」に該当しないから、被告には目論見書の交付義務はない。
また、被告の目論見書の不交付と原告の損失との間に相当因果関係はない。
4(一) 同4(一)の事実中、原告が被告に対し、売却について打診したことは認めるが、その余は否認する。
(二) 同4(二)の事実中、原告の本件訴訟代理人弁護士田中清治から、被告に対して売却依頼の通知のあったこと及び被告がワラントの売却に応じていないことは認めるが、その余の事実は否認する。
(三) 同4(三)の事実は否認する。
被告は、原告及び右代理人に対して、訴訟代理人の注文には応じられないので、原告自らが売却注文をするか、同代理人を取引についての代理人として原告が選任した旨の表明をしてもらいたい旨伝えたにもかかわらず、そのいずれもなされなかったので、売却しなかったに過ぎない。
5 同5は否認する。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 二四銘柄ワラントの購入について
1 請求原因1(一)(1)の事実は当事者間に争いがなく、証拠(甲二の1ないし29、七、三三、六六、乙一ないし四、六ないし八、一一ないし一三、証人磯目毅、原告本人)によれば次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む)。
(一) 原告は、貸しビル業等を営む株式会社グランド東京の代表取締役社長であり、昭和六二年三月ころから山一証券、明光証券、大和証券等と現物株式の売買、特に低位株や有望と見込まれる業種の株式のパック買い(複数の銘柄の株式を同時に購入すること)を中心に数十億円の取引を行ってきた。
(二) 原告は、平成元年四月二四日、被告渋谷支店に取引口座を開設し、同年五月一二日から被告との間で転換社債や株式等の売買の取引をしてきたが、株式を売却して得た一〇億円の資金をもって新たな株式投資を行うことにし、同年一二月五日、被告会社渋谷支店営業担当者磯目に対し、原告が明光証券に依頼して作成させたいわゆる低位株(一株の値段が比較的安い株式)一一〇銘柄の目録を交付した上、翌六日、この中から一〇〇銘柄ほどを買い付けたいので相談に乗ってもらいたい旨依頼した。
磯目は原告の意向に従い、原告とともに銘柄を検討し、原告は右銘柄中八八銘柄を選定して、磯目に対し、翌七日それぞれ一万株ずつ寄付きの価格で買い付けたい旨の注文をした。
(三) その際、右株式購入資金として予定していた一〇億円のうち、一億数千万円の資金の余剰が見込まれたことから、磯目は原告に対して、右八八銘柄中ワラントを発行している銘柄につき、総計で金一億円程度のパック投資(複数の銘柄のワラントを同時に買い付けること)をしたらどうかと勧誘した。
原告は、それ以前にも磯目や被告渋谷支店長からワラント取引について勧誘を受けたことがあったが、これを承諾するには至っていなかった。
磯目は、原告に対し、ワラント取引説明書を示して、ワラントが新株を引き受ける権利であること、ハイリスク・ハイリターンの商品であり、行使期間を過ぎると無価値になること、為替変動の影響を受けることなどを説明し、ワラントパックの例を示して勧誘したが、その場では原告の承諾は得られなかった。
(四) 磯目は、翌七日、原告より買付委託注文のあった前記八八銘柄の株式を一万株ずつ買い付けた旨を報告すべく、相模原ゴルフクラブにいる原告に電話で連絡を取った際、前日に引き続きワラントの購入を勧誘し、右八八銘柄中、ワラントを発行しているのは二四銘柄であることを伝えるとともに、金額を統一して購入した場合には、一銘柄五〇〇万円前後、総計一億円程度の投資になる旨を伝えたところ、原告はこれを受けて、磯目に対して右各ワラントの買付けを注文した。
同日、磯目は、別紙購入ワラント一覧表記載の二四銘柄のワラントを合計一億一三七八万四四〇〇円で買い付け、原告の経営する株式会社グランド東京の副社長であり、原告の株式取引の連絡担当者とされていた富岡に対して、各ワラントを一覧表にして報告した。
(五) 翌八日、原告は磯目に対して、原告が買い付けた前記八八銘柄の株式及び二四銘柄のワラントの管理のために、八八銘柄の評価損益一覧表を毎日原告のもとに届けるとともに、ワラントにつきその状況を報告するようにとの指示を出した。
原告は、同月一二日、原告買付にかかる八八銘柄の株式及び二四銘柄のワラントの代金合計九億六二六九万二四七六円を小切手で被告会社渋谷支店に入金するとともに、ワラント取引に関する確認書及び外国証券取引口座設定約諾書を交付したので、右支店は原告に対して、右株式及びワラントの各預り証を発行した。
磯目は、原告の指示に従って、右株式評価一覧表については、同月一四日から翌平成二年三月一六日まで毎日、右ワラント一覧表については、毎週二回程度作成して、原告に対しこれを交付し続けてきた。また、平成二年七月一八日以降も磯目は原告の要請でワラント一覧表を作成し、原告に対してこれを交付し続けた。
(六) 購入した二四銘柄のワラントのうち同和鉱業のワラントが急騰したことから、磯目は、平成元年一二月一四日、原告に電話でその旨を告げ、ワラントで売るか権利行使して株式を取得するかの検討を求めたところ、翌一五日に原告は売却を注文し、これを受けて磯目は右ワラントを売却した。右認定に対し、原告本人は、磯目から、ワラントの内容ないしワラントが権利行使期間を過ぎれば無価値になることの説明は受けていないし、ワラント取引説明書の交付も受けていないこと、また、平成元年一二月七日の勧誘の際、磯目は絶対に責任を持つ旨言明したと供述するが、証拠(甲三三、乙一一、証人磯目、原告本人)によれば、原告は、被告との間の株式取引において、被告担当社員の推奨、勧誘よりも、自らの相場の見通しと判断を重視し、納得しない取引は行わないとの方針を取っており、そのため、原告の意思に沿わない取引を勧誘されたと考えた際には、被告に対して強く抗議し、担当者を変更させるといった厳しい投資態度を取ってきたことが認められる。そして、原告は乙三号証(ワラント取引に関する確認書)に署名押印しているところ、右確認書には、「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」との記載があり、前記のような原告の態度に鑑みて、ワラント取引説明書を受け取っていないのに、原告が右確認書に署名するとは考えられず、またワラントの内容の説明を受けずに取引に応ずるとも考え難い。また、原告の投資経験や右のような投資態度からして、原告に対して、安易な推奨を行うことはトラブルの元であることは磯目においても十分知り得たことは想像に難くないから(磯目は、前記のとおり変更された担当者の後任である)、営業歴一六年の磯目において、絶対に責任を持つとの発言をするとも考え難い。右の事情と証拠(乙一一、証人磯目)に照らして、原告本人の前記供述は採用できず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。
2 次に、ワラントの金融商品としての特質等について考察する。
ワラントとは新株引受権付社債(ワラント債)のうち、社債部分を除いた新株引受権のことをいい、一定の権利行使期間内に一定の権利行使価格で一定数の新株を取得できる権利であって、分離型新株引受権付社債においては社債部分から独立して取引の対象となるものである。
ワラントの取引価格は、株式の時価と権利行使価格の差額「パリティ」(ワラントの基本的財産価値)に「プレミアム」(将来の株価上昇の期待値)を付加した価格となる。したがって、ワラントの価格は、発行会社の市場株価の上下によって、株価の変動の数倍の幅で変動し(ギヤリング効果)、本件のような外貨建てワラントの場合は、為替にも連動する。また、権利行使期間が満了した時点で株価が権利行使価格を下回っているとき、又は、右期間内においても株価が権利行使価格を上回ることがないことが確実になったときは、ワラントは無価値となるという、ハイリスク・ハイリターンな金融商品としての性質を有している。
一方、ワラントは、株価売買に比して少ない資金で株式売買以上の投資効果をあげることができ、投資家の損失額は投資額に限定され、株式の信用取引や先物取引のように預託した以上の損失を被ることはない。
3 以上の認定事実を前提にすると、証券会社の営業担当者が外貨建てワラントの取引を顧客に勧めるにあたっては、そのリスクの大きさにつき説明し、顧客にこれを十分理解させた上で取引を行わなければならないというべきであるが、磯目は、原告に対し、ワラント取引説明書を示して、ワラントがハイリスク・ハイリターンな商品であり、権利行使期間を過ぎると無価値になる特質を有すること等について一応の説明をしており、原告が株式や転換社債等について豊富な取引経験を有し、株式取引に関する知識や判断力において欠けるところがないことに照らせば、磯目の右説明によりワラントが株価の変動に連動して株価以上の幅で値動きするハイリスク・ハイリターンな商品であることを十分に理解し得たことが認められ、そのうえで原告自ら値上がりが見込まれるとして選定した八八銘柄中、ワラントを発行している二四銘柄について、磯目にワラントの買付けを委託したというべきである。
したがって、磯目の右勧誘・買付行為には、原告が主張する説明義務違反、売買一任勘定取引、適合性法則違反、断定的判断の提供等があったとはいえず、私法上違法というべき義務違反は何ら認めることができない。
二 日本石油及び三菱石油ワラントの購入について
1 請求原因2(一)(2)の事実は、当事者間に争いがなく、証拠(甲七、三三、三九、乙一一ないし一三、証人磯目、原告本人)によれば次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む)。
(一) 原告は、平成元年一二月中旬ころ、磯目に対し、手持ちの株式で大同特殊鋼と古河電工の株式各一〇万株ずつの値動きが悪いから、年内に他の株式に買い替えたいと述べた。
(二) 平成元年一二月一八日、かねて原告が相場観として表明していたとおり、石油資源株が上昇の兆しを見せてきたことから、磯目は、年内は石油関連のワラント価格も上昇するとの見通しのもとに、原告に対して石油関連のワラントの購入を勧めることにし、原告に対し、石油関連株が値上がりしているので、日本石油ワラントを購入することを勧め、日本石油は新規のワラントであること(右ワラントは平成元年一二月一四日に野村インターナショナルが発行したものであった)、一二月一杯の短期勝負の見通しであることを説明した。
原告は、かねてより石油資源株は上昇するとの相場観を有していたことからこれに同意し、同日大同特殊鋼の株式一〇万株の売却資金を利用して、日本石油ワラントを三二ポイントで五四五ワラント購入するように指示し、磯目は右指示どおりの売却と購入を行い、大同特殊鋼の売却代金一億二四八六万八五〇五円と原告から送金を受けた現金一〇〇万四六九五円をもって日本石油ワラント合計五四五ワラントを合計一億二五八七万三二〇〇円で購入した。
(三) また、翌一九日、日本石油ワラントが上昇したことから、磯目が原告に対し、三菱石油のワラントを勧めたところ、原告は、古河電工株一〇万株を売却して四四ポイントまでで四〇〇ワラントを購入するようにとの指示を出し、これを受けて磯目は43.5ポイントで五〇ワラント、四四ポイントで三五〇ワラントを買い付けたが、古河電工株が八〇〇〇株しか売却できなかったことから、原告は、日清紡績及び凸版印刷の社債の売却を磯目に指示するとともに、それでも不足した九六三〇万五五九五円については現金を振り込むことにより、右ワラント代金合計一億二六一七万〇九二五円を支払った。
(四) その後、平成元年一二月中に、日本石油ワラントが値上がりし、利食いが可能な状態になったことから、磯目が原告に売却を持ちかけたが、原告はさらに値上がりすると考えて、売却しないことにした。
その後も磯目は同月中に原告からワラントの売却依頼を受けたことはなかった。
2 以上の認定事実によれば、磯目は、原告の大同特殊鋼と古河電工の株式の年内買替えの希望と、年内に石油資源株が上昇するという原告自身の相場観に従って、右株式売却資金等で石油会社のワラントを購入することを勧誘したのであり、原告が自己の相場観に従って右ワラントの買付けを行ったものと認められる。
したがって、磯目の右勧誘・買付行為には、原告が主張する説明義務違反、売買一任勘定取引、適合性法則違反があったということはできない。
また、原告主張のとおり、日本石油ワラントの勧誘の際、磯目が新規のワラントであることを述べた事実は認められるが、このワラントが平成元年一二月一四日野村インターナショナルが発行したものであることからすると、発言が不実を表示したものともいえず、この発言のみを捉えて、原告に対し、特に有利な商品を率先して販売したかのように装ってした勧誘(推奨販売)であるということもできない。
よって、磯目の右勧誘行為には、私法上違法というべき義務違反は何ら認めることができない。
3 また、原告は、日本石油ワラントについて、欧州の市場価格に比して極端に高い価格で被告が売り出したとの違法を主張している。
証拠(甲三九)によれば、欧州市場における売出価格は二八ポイント前後であったのに対して、平成六年一二月一五日の被告の売出価格が三二ポイントであることが認められる。
しかし、外貨建てワラントは、店頭取引であり、相対取引となるため、価格決定が各証券会社に委ねられているものの、各証券会社が定めるワラント売買価格は、前日のロンドン業者間マーケットの最終気配値を基準として、当日の東京株式市場の株価動向を考慮して決められるものであり、一定の数値、基準のもとに客観的に決定されるものであるから、被告の売出価格が欧州の市場価格に比して高い場合であっても、一概に不当であるとは言えない。本件では、被告の売出し後、右ワラントの価格が暴落した等の事情は認められず、むしろ、証拠(甲三九)によれば、その後の一時期においては価格が上昇していた事実が認められるのであるから、被告の価格設定が不当であるということはできない。
したがって、被告の右価格設定に、不法行為を構成するような私法上の違法があるとは認められない。
4 さらに、原告は日本石油及び三菱石油のワラントにつき、平成元年一二月末日までに清算する旨の合意が存在したと主張する。
前述のとおり、磯目が右勧誘の際に、原告に対し、一二月一杯の短期勝負の見通しであることを述べたことが認められるが、そもそも本件ワラント売却の決定は原告に委ねられている以上、磯目が勧誘の際に、一二月一杯の短期勝負の見通しであることを述べたとしても、それは単なる磯目個人の見通しとしての発言に過ぎず、これをとらえて一二月末までに売却清算することが本件取引の約定となっていると解することはできない。
実際、一二月中に値上がりした際に、磯目が原告に売却を持ちかけたが、原告自身で更なる値上かりを期待して、売却しないことにしたことからしても、原告と被告の間に一二月末日までに清算する旨の合意が存在しなかったことは明らかであり、右合意を前提とする債務不履行の主張には理由がない。
三 目論見書の不交付について
原告は、前記ワラントの各販売に際し、証券取引法一五条二項により、被告には目論見書を交付する義務があると主張するのでこの点について検討する。
目論見書は、証券会社が有価証券を募集又は売出しによって取得させ又は売り付ける場合に交付が必要となるものであるが(同法一五条二項、但し平成四年改正前のもの)、ここに「募集」、「売出し」とは、不特定多数の者に対し均一の条件で、新たに発行される有価証券の取得の申込みを勧誘すること(募集)、あるいは不特定多数の者に対し均一の条件で、既に発行された有価証券の売付けの申込みをし、又はその買付けの申込みを勧誘すること(売出し)を意味するところ(同法二条三項、四項、但し平成四年改正前のもの)、本件のワラント売却は、既に発行されたワラントを相場によりその時々に変動する価格に従って顧客に対して売り付けるものであるから、新たに発行される証券の取得の勧誘ではない点で右「募集」に該当せず、条件が均一でない点で右「売出し」にも該当しない。したがって、本件ワラント売付けが、同法一五条二項の「売出し」にあたらないことは明らかであって、被告はいずれのワラント取引においても目論見書の交付義務を負うことはない。
四 ワラント売却指示の不履行について
1 証拠(甲九の1・2、二五の1・2、二六の1・2、二七ないし二九、三〇の1・2、原告本人)によれば次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む)。
(一) 原告は、平成二年五月ころから本件訴訟代理人である田中清治弁護士に前述の一連のワラント取引の事後処理について相談し、右代理人を通じて被告と交渉を重ねていたが、平成三年四月にはこの交渉も頓挫した。
原告は、損害の拡大を食い止めるために、同年五月九日、被告に対して右代理人を通じてワラントを売却する意向である旨連絡したところ、被告は、翌一〇日、右代理人に対し、売却するためには、原告本人が売却指示を電話で行う場合は被告渋谷支店の柳谷支店長あてにすること、代理人をもって行う場合は書面により売却指示するよう回答した。
(二) 原告代理人田中清治は、平成三年一二月四日、原告の所有する未処分の全ワラントを同月六日に売却することを指示する書面を郵送するとともにファックス送信して被告に指示した。
被告は、同月六日の指定された期日にこの売却指示を実行せず、同月一〇日になって、右代理人に対し、書面に原告の署名及び届出印の捺印がなく、右代理人が原告の有価証券取扱の代理権を有していることの証明もないため、右売却指示が原告の意思に基づくものとは解せない旨の通知をした。
2 以上の認定事実によれば、原告は代理人を通じて、平成三年一二月四日付の書面でワラントの売却指示を行っているが、同代理人は、原告と被告間の紛争についての交渉代理人ではあっても、原告から株式の売却権限を授与されているとは必ずしも限らないから、被告においてこの点を明確にするよう要求することは不当なことではない。また、被告が、平成三年五月一〇日に代理人による場合の売却の手続として回答した、書面による売却指示も、売却に関する代理権限について明確でない場合にまで、書面により指示されれば直ちに売却に応ずることを意味するものと解することもできない。
そして、被告が前記1(二)のように売却指示に関する原告の意思を明確にするように要求したのは、同代理人から書面で売却を指示されたわずか数日後であったのであるから、原告がワラントの売却を望むならば、直ちに自ら売却指示をするか、被告が要求する委任状等の書式を確認のうえ代理人を通じて新たに売却指示をすることによって、当初所期した時期とほぼ同時期における売却の目的を達することが可能であったというべきである。
したがって、被告が前記書面による売却の指示に従わなかったことに違法はないし、また原告が右時期にワラントを売却しなかったことによって被った損害について被告が責任を負う理由もない。
五 以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官小野憲一 裁判官男澤聡子 裁判長裁判官片山良廣は転補のため署名捺印することができない。裁判官小野憲一)
別紙<省略>